おばさんは電気炬燵で夢をみるのか?

夫が定年目前にリストラ。無給生活に突入したお気楽主婦日記。心豊かに暮らすために詩を読む生活はじめました。

犀川の岸辺・室生犀星:故郷はいつでも親しく迎えてくれる

室生犀星 の「犀川の岸辺」を読みました。

詩集『愛の詩集』(1918年感情詩社)に掲載されている1編です。

青空文庫で読みました。→ 図書カード:愛の詩集  底本は『叙情小曲集愛の詩集』(1955年講談社文芸文庫)です。

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室生犀星は1889年8明治22年生まれの詩人、小説家です。加賀藩の足軽頭だった小畠家の私生児として生まれ、生家近くの寺に引き取られ、住職の内縁の妻に私生児として育てられました。その生い立ちが、その後の詩作文筆活動に大きく影響したと言われています。1962年(昭和37年)肺がんのため亡くなっています。

 犀川の岸辺

 

        室生犀星

 

茫とした

ひろい磧は赤く染まつて

夜ごとに荒い霜を思はせるやうになつた

私はいくとせぶりかで

また故郷に帰り来て

父や母やとねおきしてゐた

休息は早やすつかり私をつつんでゐた

私は以前にもまして犀川の岸辺を

川上のもやの立つあたりを眺めては

遠い明らかな美しい山なみに対して

自分が故郷にあること

又自分がここを出て行つては

つらいことばかりある世界だと考へて

思ひ沈んで歩ゐてゐた

何といふ善良な景色であらう

何といふ親密な言葉をもつて

温良な内容を開いてくれる景色だらう

私は流れに立つたり

土手の草場に座つたり

その一本の草の穂を抜いたりしてゐた

私の心はまるで新鮮な

浄らかな力にみちて来て

みるみる故郷の滋味に帰つてゐた

私は医王山や戸室や

又は大日や富士潟が岳やのの

その峰の上にある空気まで

自分の肺にとれ入れるやうな

深い永い呼吸を試みてゐた

そして家にある楽しい父母のところに

子供のやうに あたたかな炉を求めて

快活な美しい心になって帰つて行くのであつた

 室生犀星と言えば「ふるさとは 遠きにありて思ふもの」という詩が有名です。

故郷にはもはや私の居場所はないと詠っている詩ですが、この詩の中の詩人は、何年ぶりかで故郷へ帰ってきています。

犀(さい)川は石川県金沢市を流れる川で、養子に出された先のお寺雨宝院は犀川の橋のたもとにありました。筆名の「犀星」もこの川から名付けたほど、故郷の川の風景が好きだったようです。  

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詩人は久しぶりに故郷へ帰ってきて、かつてのように父母と一緒に暮らし、犀川の岸辺を散策してあれこれと思い巡らしています。

 家を出る前は、つらいことも多かったのでしょう、でも今は、故郷の風景は美しく親しげに見えています。

子供のように水の流れの中に立ってみたり、土手の草の中に腰を下ろして、草を1本引き抜いてみたり、のんびりと心を解放しているようすです。都会暮らしを経て成長した今だからこそ見えるものもあるのでしょう。

 「そして家にある楽しい父母のところに 子供のやうに あたたかな炉を求めて 快活な美しい心になって帰つて行くのであつた」と、やはり迎えてくれる人があればこそ、故郷はあたたかく楽しい場所に感じられるのだと思います。

遠くから懐かしく思うだけの故郷は、あまりに寂しい気がしますが、詩人にはこんな日々もあったのだと思うと救われるような気がします。