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おばさんは電気炬燵で夢をみるのか?

夫が定年目前にリストラ。無給生活に突入したお気楽主婦日記。心豊かに暮らすために詩を読む生活はじめました。

今日の詩:八月六日・峠三吉

今日の詩

峠三吉の「八月六日」を読みました。

青空文庫に公開されている一篇です。→青空文庫 図書カードNo4963 底本は『原爆詩集』(1952年青木書店・刊)

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峠三吉は1917年(大正6年)生まれ。1945年(昭和20年)8月6日に爆心地から3kmの広島市翠町で被爆しました。

最初の原爆詩集はガリ版刷りで500制作された自家版でした。当時の社会情勢によって出版社が発売禁止を恐れて出版拒否したためだそうです。

 

  八月六日

      峠 三吉

 

あの閃光が忘れえようか

瞬時に街頭の三万は消え

圧しつぶされた暗闇の底で

五万の悲鳴は絶え

 

渦巻くきいろい煙がうすれると

ビルディングは裂け、端は崩れ

満員電車はひのまま焦げ

涯てしない瓦礫と燃えさしの堆積であった広島

やがてボロ切れのような皮膚を垂れた

両手を胸に

くずれた脳漿を踏み

焼け焦げた布を腰にまとって

泣きながら群れ歩いた裸体の行列

 

石地蔵のように散乱した練兵場の屍体

つながれた筏へ這いより折り重なった河岸の群も

灼けつく日ざしの下でしだいに屍体とかわり

夕空をつく火光の中に

下敷きのまま生きていた母や弟の町あたりも

焼けうつり

 

兵器廠(へいきしょう)の糞尿のうえに

のがれ横たわった女学生らの

太鼓腹の、片目つぶれの、半身あかむけの、丸坊主の

誰が誰とも分からぬ一群の上に朝日がさせば

すでに動くものもなく

異臭のよどんだなかで

金ダライにとぶ蝿の羽音だけ

 

三十万の全市をしめた

あの静寂が忘れえようか

そのしずけさの中で

帰らなかった妻や子のしろい眼窩が

俺たちの心魂をたち割って

込めたねがいを

忘れえようか!

 

今年の8月6日は、71回目の原爆の日、原爆忌でした。アメリカ軍によって広島に原子爆弾が落とされた日です。そして、8月9日には、長崎にも落とされました。

 通学途中の子供達が、武器を作る作業に動員されていた女学生が、仕事場へ向かおうとしていた男女が。

いつもと変わらぬ日常を暮らしていた普通の人々が、その一瞬で、なすすべもなく地獄絵図の中に放り込まれてしまう。

死んでしまった人も地獄、生き残った人も地獄。そして、71年たってもなお苦しんでいる人がいます。

 その日を実際に経験した詩人の描写は生々しく、思わず目を背けてしまいたくなります。でも、目を背けてはいけないのです。

のんきに日常を生きている私には想像もできないようなことが現実にあったのだと、衝撃を受けることが必要なのです。