おばさんは電気炬燵で夢をみるのか?

60歳目前に患った癌と糖尿病についての覚え書き。日々を心豊かに暮らすために考えたことを綴っています。

今日の詩:母の命日・杉山友理

杉山友理母の命日」を読みました。

 杉山氏も古くからの芸象の同人で、文芸同人誌新芸象第50号(芸象分学会・刊)に投稿された一篇です。

芸象についてはこちらです →参加している文芸同人誌のこと

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おそらくは認知症で数年の介護をした後に95歳で亡くなった母上。詩人は命日に雪の墓前で母を偲びひそかにわびるのでした。

  私も現在、認知症の母の介護の真っ最中。とても他人のこととは思えない、身につまされる詩です。

 娘だもの、母には少しでも長生きして欲しい、そう望むのは当然ですが、認知症の介護はとても過酷です。

症状は人によってさまざまですが、他人にはなかなか手だしできないところで、家族は悩んでいることが多いのですね。

 作者は一度だけ、先に亡くなった姉の墓前で「母さん、迎えに来て」と手を合わせたことがあったそうです。その時の良心の呵責が亡くなって数年たってもなお心の傷になって残っています。

  子供はいくつになっても子供で、母のやさしい言葉や、包まれるような愛が欲しいもの。でも、認知症を発症してしまうと慈しんで育てくれたやさしい母はいなくなってしまいます。

娘にとって、その現実を認めるのがなかなか難しいのです。

 実のところ、私も父の位牌がある仏壇にこっそり手を合わせたことが、一度だけあります。「なんとかして、助けて」……と。

 作者と同じなのです。もちろん罪悪感は残っています。

でも、あのとき、そう吐き出したからこそ、自分の気持ちをなだめ、切り替えることができたのだとも思うのです。