おばさんは電気炬燵で夢をみるのか?

夫が定年目前にリストラ。無給生活に突入したお気楽主婦日記。心豊かに暮らすために詩を読む生活はじめました。

今日の詩:待つ・鈴木操

鈴木操氏の「待つ」を読みました。

文芸同人誌新芸象第50号(芸象分学会・刊)に投稿された詩です。

芸象についてはこちらです →参加している文芸同人誌のこと

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鈴木氏は古くからの同人で、女性らしい穏やかな詩を書かれる印象の方です。詩を読んでいるといつも、ハッと気づかされることが多くて、心に残ります。

雑誌が出るたびに毎回作品を楽しみにしている詩人です。

 詩は「待つことの耐えて久しい 暮らしのなかで」と言う言葉からはじまっています。

 確かに目まぐるしいスピードで過ぎる今の暮らしの中では、「今すぐ」を求められることが多くなりました。

 ネット通販で本を注文すれば翌日届き、場合によっては1時間以内にお届けですしね。

キッチンでも何日もコトコト煮込むような料理は少なくなって、圧力鍋で15分~20分もあればやわらかい煮込みも完成してしまいます。

 長い間完成を楽しみに待つ、届くのを待つ、ワクワクしながらその日を待つことは少なくなっています。

 そんな中でも詩人の目は、待つ楽しみを見いだしていました。庭の隅に植えた藤袴の苗が育つのを待っているのです。

 こればかりは、人間の力は及びません。藤袴が自ら生長して花を咲かせるのを見守るしかないのです。

 さらに、その藤袴の花を求めて、はるか遠くから飛んでくる蝶の訪れを待っています。

 待っているのは作者だけではありません。

花を咲かせた藤袴は蝶との出会いを、そして、困難を越えて遠くから飛んでくる虹色の羽根の蝶「あさぎまだら」も、藤袴の花と出会うのを待っているのです。

 飛んでくる蝶は「何かとても大切なもの」を運んで来ます。それは「なんでもない けれどとても大切なもの」。

 詩人はその大切なものの訪れをひたすら待ち続けているのです。

1節ずつに区切って表現した終わりの4行が、なぜか心をとらえます。

 私は、その待ち続けているものが「自分が死ぬ時」であると直感しました。

 作者がそれを意図しているかどうかはわかりません。

詩人の目を通して、藤袴の花が咲くのを待ち、蝶の訪れを待っていた私は、蝶が死の訪れを告げる使者だと感じたのです。